2026.04.22
流れるように
いつの間にか桜の気配もすっかりなくなり、初夏と言っていいような陽気。日に日に緑が濃くなり、カシミヤやウールの服を盛大に洗濯し、片付けた。
この時期はいつも流れるように過ぎ去っていく。月日は移ろい流れるのだ、というのがいつもわたしの気持ちの奥底にあり、つまり、時間を区切って何かを達成するのが本質的には苦手なのだ。幸か不幸か仕事にはたいてい期限があるので、それを守り過ごしていくことで、辛うじて、なにかを保ってきたけれど。
最近よく思い出すのは、亡くなる寸前の母の姿。穏やかで子どものようで、しかしあの素晴らしい人の中にあった色鮮やかな世界は姿を消し、とても静かだった。わたしに残されている時間があとどれだけなのかは分からないけれど、それまで、流れるようにすぎていくなにかをわたしなりに、残していきたい、とぼんやり思う。
2026.03.11
ロンドンへ
毎年のことだけれど、3月に入ってから立て続けに仕事が入った。毎年のことなのにすっかりそれを忘れていて、よりによってこの時期にロンドン行きの計画をたてたのは、半年前のわたしだ。多少後ろめたく思いながら、大きなスーツケースに荷物を放り込み、朝早く起きて予約していたタクシーに乗る。できるだけ安く済ませたいのは山々だけれど、こういう時は働いているがん患者だということを言い訳に使うことにしている。つまり、ストレスをできるだけ排除するために多少のお金は使う、ということ。なので、荷物がなくなる心配が少ない直行便を選ぶし、早朝の移動はタクシーを使う。
最近、飛行機に長時間乗る時はたっぷりしたワンピースを着ることにしている。最近の東京はだいぶ暖かいけれど、旅先で寒い思いをするのは嫌なので革と中綿のコート。ノイズキャンセリングのヘッドフォンと眼鏡はリュックサックの中に入っている。
早朝の道路は空いていて、清々しい。走っていくとふと空が広くなる場所があって、そこを通り過ぎるともう空港だ。運転手さんが丁寧にスーツケースを降ろしてくれる。お礼を言って建物の中へ。
ほぼ人と話さずに全ての手続きが済んでゆく。よく出張に出ていた何年も前は、空港のカウンターでアップグレードされる幸運もたまにあったけれど、今はほとんどそれが手元のスマートフォンの中で起こるようになった。全てが滞りなく効率的なのは喜ばしいことで、ただ、海外に出るという胸の高まりは徐々に減っていくようにも思う。
新しくできたカードラウンジに行こうと張り切って向かったが、15分ほどオープンには早かったので隣の航空会社ラウンジへ。コーヒーを飲んでいるとすぐ時間は経って、改めてカードラウンジへ。
素晴らしいですよ、と聞いていた通り、素敵な内装のいい空間だった。航空会社のラウンジがどんどんシンプルになっていく中で、バフェ台に出ている食事も凝っているものが多い。パンケーキとおにぎりのキッチンがあって、思わずふわふわのスフレパンケーキと日高牛のおにぎりの両方を頼んでしまった。ドリンクカウンターでは、目の前で立てた抹茶でカクテルを作ってくれる。ついつい欲張って和菓子まで食べてしまった。
お腹がいっぱいになり飛行機に乗り込むと、長いようであっという間で、ヤクザ映画を観て機内食を食べ、うとうとしているうちにロンドンに着いた。
2026.02.21
道
土曜日にしては早起きをして、トレーニングとダンスのお稽古の中間のような服で電車に乗る。学生服を着た中学生と親御さんらしき人の組み合わせと何組かすれ違い、今日は受験の日だっただろうか、と思う。
駅から少し歩き、坂道を上った先に目的地の体育館はあって、あらかじめ知らされていた待ち合わせ時間の10分前に着いたのに、わたし以外の全員が既にそこにいた。一人以外とは初対面で、はじめましての挨拶をし合う。
合気道に興味はありませんか、と知人に言われたのは数週間前で、体力はないし四十肩で肩が上がらないけれどそれでもできるなら、と答えたのが数日前のこと。身体を動かすのは好きだし、武道にも興味はあって、軽い気持ちでやってきたのだけれど、全くの初心者はわたしだけで、おずおずと裸足でマットの上に上がる。
師範代の先生はカナダ人で、わたしより頭二つくらい大きい。目の前には鏡があり、髭の男性の横顔の写真が置いてある。正座して、お辞儀をしてからストレッチ。礼にはじまり礼に終わる、のは茶道と一緒なのだな、とぼんやりと思う。なんなら目の前に結界として扇子を置きたいくらい。
身体の動かし方には全て理由があるのだな、と思ったのも束の間、基本の歩き方すらできなくてびっくりする。膝を立てて、立ててない方の足を内側に引き寄せて、立てた膝を前に倒すと同時に反対の足を前に出す。頭ではわかるけれど身体が動かない。しかし、いつかは身体が覚えるのだろう、きっと。わたしが考えながら身体を動かしていると、先生は、そう、ゆっくりでいいですよ、と言う。思わずにっこり頷いてから、あれ、真面目な顔をしていなくちゃいけなかったのかしら、と思ったけれど、よしとする。たった一時間でクタクタになった。
他の皆が胴着を着替えている間、着替える必要のないわたしは先生とぽつりぽつりと話していた。先生は、ご友人の結婚式に参列するのに日本に来て、感銘を受けそれがきっかけで日本に移住することになったのだという。わたしがコンサルティングファームで働いているというと、合気道は企業の経営者も沢山くるから、仕事にもいい影響があるかもね、と。
「ところで、どこで英語を習ったの?」
「ああ、昔イングランドにいたことがあって。大昔、高校生の頃ですが」
先生はなるほど、と頷いて、"you don't have any accent"と言った。
朝早くから始めたおかげで、まだ一日が始まったばかりだった。春の朝。機嫌よく帰りながら、後で合気道について少し勉強しなきゃ、と思った。
2025.12.31
おおつごもり
実家に帰るのをやめ、家でお蕎麦を食べたあと、お雑煮用の鶏肉と小松菜を買いに出た。母のお雑煮は必ず、鶏と小松菜だから。料理がとても得意だった母の、わたしが食べた最後の手料理はお雑煮だったように思う。たしか亡くなる2年前だったか。80歳近くなり、もう台所に立つことも少なくなっていたけれど、お正月の朝、皆にお雑煮をつくってくれたのだった。
わたしが子どもの頃、おせちは家でつくるものだったから、母は毎年この日は忙しく台所に立っていた。わたしは……、手綱こんにゃくを作ったり、にんじんを型で抜いたり、器にする金柑をくり抜いたり、そんなことしか手伝わなかったように思う。
就職をして数年経った年、年明けの納品に備えて年末年始返上で仕事をしたことがあった。今年は帰れない、と電話をしたら、あらあら大変ね、と母は言い、その数時間後に姉が会社の近くまで母のお節を持ってきてくれた。だから、末娘のわたしが大人になってからもずっと、それこそ出来る限りずっと、母は台所に立ち続けたのだ、と思う。
最近の東京は空が高く、夜も星がよく見える。いつか、今日みたいな日のことを、また思い出すのだろうきっと。すぐには必要ないものまで沢山入った買物袋を手に下げて、家への道を歩きながら、いつまで生きられるか分らないけれど、できる限りよく生きよう、と思った。
今年もありがとうございました。ぽつぽつとしか書けないここを見にきてくださった皆さまに心からの感謝を。どうぞ、よいお年をお迎えください。
2025.09.27
幸せで、幸せな
朝から姉たちと、次姉の娘のナナちゃんと着付けをしてもらう。
ホテルの部屋は十分広く、四人で着物を広げても問題ないくらい。わたしは水色の、鳥の刺繍の付け下げを着る。帯は蜀江文様と華紋が金糸で表現された美しいもので、光の加減で虹色に見える。窓の外は澄んだ秋の空。そういえば今回の滞在では、傘を一度も開いていない。神様からのプレゼントのような、素晴らしいお天気。
着付け師さんは手際よく全員を着付けると、おめでとうございます、楽しんでくださいね、とにっこり笑った。花嫁の母である姉はひと足さきに会場へ。わたしたちは少しゆっくりしてからホテルを出た。
会場までは歩いて15分もかからないけれど,ホテルの前からタクシーに乗った。近くてごめんなさい,と言いながら乗り込んだが,降りる時に運転手さんはにっこり笑って親指を立て、君たちの装いは本当に素敵だよ、いい一日をね、と言ってくれた。タクシーから降りて会場に入るまでの少しの間に、二組のイギリス人に声をかけられ、写真を撮らせてほしいという。にっこり笑って見知らぬ人と写真に収まりながら、民族衣装というのはいいものだな、と思った。
会場はガラス貼りで、ロンドンの空がきらきらと輝き夢みたいにきれいだった。揃いのドレスを着たブライズメイドの姪っ子たちが目頭をおさえるのを見て、わたしも思わず泣いてしまう。Amyちゃんは母の真珠のネックレスをしていて、本人は真珠よりずっとずっと美しかった。
スピーチのさなか、Amyちゃんがおもむろに、日本語でごめんなさい、と断ってから話したこと……、「日本は本当に遠いのにいつもみんな近くにいてくれてありがとう」というのを聞いて、胸がいっぱいになる。
香港人の父親と日本人の母親を持ちロンドンで生まれたAmyちゃんが、台湾人のご両親からアメリカで生まれた彼と恋に落ちたのは、自然なことなのかもしれないな、と思う。わたしたちはみんな、こうやって近かったり遠かったりする距離の狭間で、怒ったり笑ったり悔しい思いをしながら生きていくのだ。そしてもう彼女は立派に自立した大人だけれど、もし万が一彼女が困って泣くようなことがあったなら、いつでも、どこからでも、飛んできて助けてあげたい。そうできるように生きていきたい。
まだまだ盛り上がっている会場で、踊っている皆に手を振って外に出た。冷たい空気が心地よかった。幸せな気持ちで身体が満たされて、夜空を歩けそうだった。