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2004.03.31
姿勢
「頭のてっぺんから、糸で吊るされるように立ちなさい。余分な力は抜いて、肩は上げない。そして、いつも真っ直ぐ前を向くこと。」
フルートを習い始めたころ、まず初めに教え込まれたのが姿勢だった。正しい立ち方がすべての始まりなのだと、現役のフルート奏者だった先生は繰り返し言った。
楽器に息を吹き込む前に、必ず準備をなさい。しっかりと立って、深呼吸して、準備ができてから初めて吹き始めなさい、と。
防音室の中、譜面台の前に立つ小学生のわたしと、ピアノの前に座る先生の声。わたしは姿勢を正し、銀の楽器を吹き始める。そう、きちんと立てたときには、確かに菫色の音がした。
*
しばらく会社を休んでいた。体調を崩し、ベッドで横になる毎日。ゆっくり休みなさい、と医者や上司は繰り返し言ったが、年度末の仕事は山積みで、心苦しく夢を見た。
一週間ぶりの出社だった昨日、桜の下、会社への坂道を降りながら、ふと、姿勢だ、と思った。真っ直ぐに立つこと。きちんと前を向くこと。わたしはいつのまにか、それを忘れていたのかもしれない。
立ち位置を、確かめてみる。わたしは、真っ直ぐ立てているだろうか。前をきちんと見ているだろうか。
肩に力が入ったままでは、一曲が終わるまでさえもたないのだ。いつしか腕は重くなり、身体が傾く。呼吸が乱れ、音が揺らぐ。「真っ直ぐ、でも自然に立たないと長持ちしないのよ」という、あのとき聞いた言葉が耳に蘇る。
きちんと立てたときの、あの音を思い出そう、と思った。やわらかく、あたたかく透き通る音。真っ直ぐに、でも、肩の力を抜いて。
多分わたしは、力を入れすぎていたのだ。肩はこわばり、硬く伸ばした腕はしびれていた。倒れないようにと気をつけながら、いつしか、身体はすっかりかたまっていた。
そろそろ、真っ直ぐ立つ時期だ。肩の力を抜いて、でも、真っ直ぐ立とう。そうすれば、音は必ず、響くはずだ。
*
上手く一曲吹けたときの感じをよく覚えている。楽器は程よくあたたまり、音が全身から響いてくる。吹き込んだ息が音色になり、指先はそれを受け取りそっと空中に放ち、部屋が音で満ちていく。そうすると、ある瞬間、空気の色が変わるのがはっきりとわかる時がくる。そんなとき、わたしは、ゾクッとするほどこの楽器が好きになる。
あのときのように、自分の音に耳を澄ます。響きを何度も確かめながら、ゆっくり歩いた。希いにも似た、静かな気持ちで。
2004.03.30
朝
うとうとしては眼が覚める、を繰り返していたら、いつのまにか窓の外が白み始めていた。
カーテンを開けて、しばらく窓の外を眺めた。貝殻色の空はやわらかく朝陽をはらみ、静かに明けようとしていた。
黎明が好きだ、と言った友人を思い出した。夜明けはいつも美しいと。
そう、何かが始まる前の一瞬は、いつもどこか切なく美しく、しかも決して立ち止まらない。
新しい一日が始まる。
2004.03.29
これから
徹夜明けのその日、空気は微かに春の匂いがして、陽の光がまぶしかった。案内された部屋には午前中の日差しが燦々とさし込んで、わたしは眩暈すら覚えた。ベランダに出ると、すぐ側に学校が見えた。空が高い。
台所の電熱器が少し気になったが、部屋の広さは十分だった。わたしは、まわらない頭でしばらく考え、電話を何回かかけた後、ここに決めます、と言ったのだった。その足で契約をすませ、その部屋は、わたしがしばらくのあいだ住むこの部屋になった。
「もう少ししたら、桜がきれいですよ」
その時の、不動産会社の担当の方の言葉をなぜかよく覚えている。桜が咲く季節に新しい生活を始められるのが、なんだかとても嬉しかったのだ。
*
今日も、朝からいいお天気だった。透き通るような風が吹いていて、外は気持ちよさそうだった。そうだ、桜を見に行こう、と思った。わたしは久しぶりにスカートを履いて、外へ出た。
駅前から続く桜並木をゆっくり歩く。ひなたの桜はすっかりほころんで、やわらかな風にもひらひらとからだを躍らせる。差し伸べると手のなかに、美しい弧を描いて花びらが飛び込んでくる。ほんの微かに色づく空気。
わたしは、空の青さとその下ですくすくと咲く桜に、すんでのところで涙ぐみそうにさえなる。昼間の桜は、まっすぐに美しい。
もう、何年もの間、夜の桜しか眺めてこなかったような気がした。わたしの思い出す桜はいつも、夜の闇の中でひっそりと咲いている。ときどき、ひどく寂しげに。
……いや、どちらの桜も変わらず美しい。変わるのは、受け取る側の、移ろうこころなのかもしれない。
しばらくのあいだ、花の下を歩いた。花を見上げ、歓声をあげる人がいた。子どもたちは、にぎやかに花びらの下をくぐって遊んでいた。ベビーカーを押したお母さんが通り、毛並みのいいテリアを連れたおばあさんと、微かに笑ってすれ違った。
何のへんてつもない一日。なのになぜか胸が一杯だった。いろんなものが愛しかった。わたしには、守りたいものがある、と思った。
やわらかく握っていた手を開くと、風に乗って花びらが舞った。いったん高くのぼったあと、溶けるようにみえなくなった。空が、きらきらひかっていた。
2004.03.27
もうひとつの世界
永遠に損なわれてしまった何かがある、という思いが、ときどき刺さるように胸をつく。
わかっているのだ。間違いではなかったということは。あれは、間違った選択ではなかった。
それでも、その思いは、後悔にひどく似ている。
もっとちからが欲しい、と痛いほど思った。選ぼうとすれば選べた、でも、今のわたしにはどうしても選べなかった、もうひとつの世界。
2004.03.25
雨の夜には
眠れない、と言った受話器の向こうから、ホットミルクでも飲みなさい、という声が聞こえた。
電話を置いたあと、台所へ立って、片手鍋を火にかけた。ミルクをあたため、ほんの少しだけホットチョコレートの粉末を入れる。
湯気のたつマグを持って、もう一度ベッドに入った。背中に、枕を三つ重ねて押し込んで、傍らに本を積む。読書灯の明かりだけの部屋の中は、ぼんやりと橙色に染まっている。雨の音が聞こえる。
雨の日は、内と外との境界が曖昧になる。わたしはなぜか、街灯にひかる雨粒の姿がはっきり見えたような気分になって、ベッドの中で眼を閉じる。しんと静かな、でもあたたかな夜。
ほんのり甘いホットミルクを飲みながら、雨の音が部屋に満ちるのを聴いている。
2004.03.24
no title
少し悲しいことがあって、外に出たら、空がやわらかく煙っていた。こんな日の雨はほっとする。
傘を差さずに歩いた。流れるままに見上げると、雨は温かく頬に落ちる。
2004.03.23
サクラサク
打ち合わせで入ったファミリーレストランの横の席には、高校生らしき男の子が二人座っていた。
腹ヘッタ、と、金がない、が彼らの二大語彙で、15分おきにその言葉を繰り返しながら、彼らは、フライドポテトをつまみ、ラーメンを平らげ、チョコレートパフェを一気に食べると、ドリンクバーのコーラをがぶがぶ飲んでいた。
すごいなあ、と、目の前の甘すぎるココアさえもてあましていたわたしは、なかば感動しながら彼らの食べっぷりを眼の端で眺めていた。と、男の子のうちの一人が、春に入学する大学の話をはじめた。
なにげなく耳に入ってくる話しを聞いていると、なんと、彼は、4月からわたしの卒業した大学の学生になるらしい。びっくりして、思わず声をかけてしまいそうになったが、すんでのところで思いとどまった。
…もうそろそろ、あの大学の桜並木も色づく頃だろうか。
懐かしい、あの春、と、隣に座っている彼も、いつか思う日が来るのだろう。
入学式には、おそらく、満開の桜が彼を迎えるはずだ。
2004.03.22
10円ぶん
ぐっすり眠って遅く起きた雨の午後、おなかがすいて駅前のハンバーガーショップまで歩いた。
雨の日に外を歩いて、建物の中に入るとほっとする。傘をたたみ、注文を済ませ、二階の客席へ上がる。窓際の席はひんやりと冷たくて、それでも、和やかな午後だった。わたしはのんびりした気持ちでプラスチックの椅子に座り、頬杖をついてオレンジジュースを飲んでいた。
と、前に座っていた人が、「あのおばあさん…」と言った。振り向くと、そこには、一枚一枚小銭を数えている老婆の姿があった。彼女の目の前にはもうすっかり食べ終えられたハンバーガーの紙くずと、並べられた小銭。足元には10円玉が落ちている。彼女は何度も身をかがめて落とした10円玉を見つけようとしていたが、10円玉は彼女の眼には入らないようだった。
わたしは少しだけ怯んだが、席を立って、彼女の足元に落ちていた10円玉を拾おうとした。目の前の人はそれを穏やかに止め、ちょっと待って、と言った。
可愛らしい人だったんだろうね、と彼がぽつりと言った。小銭を一心に数える彼女の顔は時々童女のように見え、それでも、彼女が過ごしてきただろう生活の長さを思うと、わたしは少し眩暈がした。曲がった背中はあまりにも小さく、指は微かに震えていた。
彼女がトイレに立ったとき、彼が、「行っておいで」と言った。わたしは屈み、10円を拾い上げ、机の上に乗せようとした。それが、確実な方法だと思った。
「いや、ずらすだけにしておいで」と、後ろから声が聞こえた。わたしは一瞬迷ったが、机の足に隠れていた10円を見やすい位置にずらし、そのまま席に戻った。なるべく見つけやすいように、少しだけ気をつけて。
席に戻ってしばらくすると、彼女が戻ってきたのが分かった。わたしは彼女が10円玉を見つけて喜ぶ顔をちらりと想像しさえしたが、それは見つけられることはなかった。
彼女は席を立ち、店を出て行った。ガラスの向こうに、傘を差した小さな背中が遠ざかるのを見ながら、机の下の10円玉のことを考えていた。さっき一度手にとった銅貨は、まるで出来たばかりのように、ぴかぴかと光っていたのだ。
2004.03.21
ピアノ
ふと、電子ピアノの前に立つ。いくつかのキイを押さえてみる。電気を入れていないので音は出ないが、耳の奥で和音が鳴る。
白鍵と黒鍵の並びからリズムが聴こえる。必然的な美しさ。確かで、ゆるぎないフォルム。たった88の鍵盤が永遠を生むことがあるのを、わたしはよく知っている。
2004.03.20
あめ
玄関のドアを開けると、歩き出すには怯むくらいの雨が降っていた。
わたしは、さっき手を振って別れた姉の車の中に置いてきてしまった唯一の傘のことを思い、それから、駅までの距離を考えた。傘を差すのが嫌いだといっても、この雨で、しかもここは東京で…、といくら考えたところで仕方ない。そのまま雨の中を歩き出した。
全身で雨を受け止めながら駅までの道を急ぐ。すっかり濡れてしまったところで少し楽しくなって、わたしは歩くペースをゆるめた。肩に雨の雫がぽたぽたと落ちる。一つ一つがこれ以上ないくらいぴったりくる重さでこぼれてくる雨。雨の重さは、等しく正当だ、という気がする。
傘も差さず、急ぎもせず、住宅街を歩くわたしは些か異様に見えたのかもしれない。何人かが振り向き、その度にわたしは困ったように笑ってみる。こういうときわたしは、「雨?雨なんて降っているんですか?」という涼しい顔ができないのだ。ようやく駅の屋根の下にたどり着くと、これ以上目立たずにすんでほっとする気持ちと、頬に落ちてくる雨粒がなくなった寂しさが、同時にやってきた。
見上げると、グレイの空から光の粒が落ちてきていた。ああ、光を浴びて歩いていたんだな、と思った。
2004.03.19
おぼえがき
■鷺沢 萠 『ウェルカム・ホーム』 新潮社
一般的なかたちや言葉ではっきりあらわせない人と人との関係は、必ず存在している。当人たちにとってそれが居心地のいいことであるなら、その関係は、受け入れられるべきだと思う。
たとえば「結婚」とか「家庭」とか、はっきり言葉が与えられる関係に、人は安堵するのかもしれない。けれど、言葉ではなかなか言い表せなくても、ゆるやかな輪のような関係が、多分わたしには心地いい。
■喜多嶋 隆 『Sing2』 角川文庫
喜多嶋さんの本を読むと、ビーチサンダルにTシャツで砂浜を歩きたくなる。チョコレート色に日焼けして、夏の間はずっと水着でいた、子どもの頃が懐かしい。
■栗田 有起 『お縫い子テルミー』 集英社
前回の芥川賞候補作。わたしはこういう小説が好きだ。
テルミーは16歳の流しの仕立て屋。裁縫箱ひとつを持ってお縫い子として生きてゆく。「恋は自由を奪うけれど、恋しい人のいない世界は住みづらい」。彼女の縫い上げる衣装はどれも切なく美しく、一度でいいから袖を通してみたい、と、読みながら何度思ったか。フィクションなのだけれどリアルに感じる、ものがたりの力。
2004.03.18
誕生日
「桃ちゃん?お母さん」
「あ、お母さん?」
「今何してるの?」
「うん。今、お客さんと一緒に食事をしていたの」
「あら、じゃあ、まだ仕事中なのね」
「うん。そうとも言う」
「ありがとう、今日」
「?」
「お花」
「ああ!お誕生日の!ケーキの形してたでしょ。可愛かったでしょ」
「そう。あのね、朝、届いたのよ。宅急便で。で、最初は全然気づかないでね、何かしら、って思ったんだけど」
「うん」
「箱を見て、気づいて、『あら、そういえばわたし、今日誕生日だわ』って言ったら、その宅急便を持って来てくれたおばさんも、『あら、わたしもだわ』って。二人でおかしくて笑っちゃった」
「あららら」
「ありがとうね」
「いえいえ、どういたしまして」
「可愛いから、見にいらっしゃいね」
「うん」
「じゃあ、切るわね」
「お母さん、おめでとうね」
「ありがとう」
2004.03.17
痛み
身体の一部を切り取られるような痛みに、ときどきわたしは立ち尽くす。眼をつぶり、波が去るのをじっと待つ。
そっと眼を開けると、そこには静かな世界がある。ひんやりとつめたい、しんとした世界が。
2004.03.16
ひみつ
秘密をひとつ持っている。
それが身体の中でどんどん膨らんでいくものだから、最近のわたしは胸がいっぱいで、お腹も膨らんで、ともすれば上を向いて溜息ばかりついている。
時々、口から秘密のかけらが顔を出し、わたしは慌ててそれを飲み込む。ごくり。
秘密は甘くて、すこし苦い。
2004.03.15
エアメール
お元気ですか。
今ごろはドイツにいらっしゃるのでしょうか。それともスイスかな。
どちらにしろ、あの頃勉強を始めたドイツ語は、もうとうに口からスムースに出てくるようになっているのでしょうね。今度会うときはドイツ語でものがたりを読んで聞かせてください、という約束はまだ有効でしょうか。
わたしは相変わらずです。たまに、「働きすぎるなよ!とは言っても無理なのは知っているけど、身体には気をつけて」と言っているあなたの声を思い出します。
もしかしたら、働きすぎかなあ、と思いつつ、でもこれがわたしの人生なのかもしれません。
最近、度々、日本で働いている頃のあなたを思い出します。
イギリスから帰ってきて、日本でそれはそれは忙しく働いていた頃。わたしはまだ大学生で、国立や吉祥寺のレストランであなたと会っては、ささやかな愚痴(!)を聞いたものでした。
今思えば、あの頃のあなたはどこか身体に合わないシャツを着ていたようで、すこしぎくしゃくしていて、でもわたしは、ちっともそのことに気づけずに、ただ少しの時間を一緒に過ごしただけでした。
正直言って、あの後、あなたが、一般的には「いい会社」である勤め先を潔く辞めてイギリスに行ってしまったとき、わたしは多少の羨望と、非難の気持ちを感じたものでした。まだ子どもだったのでしょう。あなたの気持ちが理解できずに、わたしは戸惑うばかりでした。
あなたの選択が本当に正しかった、と確信を持ったのは、数年後に帰国したあなたの顔を見た瞬間でした。何年かぶりに会ったあなたは、別人のようにすっきりと活き活きしていた。数年のうちに、ライフワークを見つけ、パートナーを見つけ、自分の中心を見つけ。あなたがしたことは、世の中の基準から見たら、働き盛りの年代に何をしている、と言われることなのかもしれないけれど、あんなにいい顔をしているあなたを見たら、ただ心からの拍手をおくりたくなりました。恥ずかしかったから、言わなかったけど。日本で忙しく働いていた頃よりずっと素敵になったな、と思って、ただ嬉しくなったのを覚えています。
先週末に、引越しをしました。引越しの準備をしていたら、フルートが出てきて、それで、何故か、あなたのことを思い出したのでした。
銀のフルート。あの頃、何度となく話した、「いつか子どもができたら、銀のフルートを子どもに渡す」、という気持ちは、今も忘れずに持っています。もう、フルートを吹くこともめったになくなってしまったけれど、あの銀色の楽器を持っているということは、いつもどこかでわたしの支えになっています。
長くなりました。
どうぞ、お元気で。また、いつかどこかで。
2004.03.13
煮物の味
土曜日の朝七時半、母から電話があった。会う約束をしていたのだが、少し調子が悪いと言う。
「大丈夫だから気にしないで。来週にしよう」、と言って、わたしももう一度布団に入った。頭が少し重い。
少し寝た後、引越しの準備を少しずつ始めた。多すぎる荷物に、途方に暮れる。散らかりきった部屋に頭を抱えながら呆然と座っていると、電話が鳴った。母からだった。
「桃ちゃん?お母さんよ。少し元気になったから、煮物をつくったの。今から持っていくわね」
一時間後、車で母は到着し、煮物をわたしに手渡しながら部屋の惨状に眼をやると、静かに言った。
「今朝ね、具合いが悪かったとき、いつかは死ぬんだなあ、と思ったのよ。そうしたら、自分の身の回りは整理しておかなきゃ、って思ったのね。あなたも、そんなにたくさんのものは持たないようにね」
少し涙が出そうになって、「そんなこと、言っちゃだめ」と子どもみたいにこたえた。
母は、来週、61歳になる。
母が帰ってしまってから、煮物のつつみを開け、ひとくち食べた。懐かしい味がして、やけに泣けた。
2004.03.10
つよいこころ
時々、思い出しては励まされる言葉がある。それは、いつか誰かとした会話だったり、ある本の一節だったりする。
ここ数年、いつもわたしの近くにあって、ことあるごとに思い出している文章がある。
「強(こわ)いこころと強(つよ)い心は違う。そんなことも考えた。心に傷を受けて生々しい傷口をふさごうとすれば心は強(こわ)くなってしまうのかも知れないが、丹念に丹念に手あてをすれば、強(つよ)い心をつくれるはずだ。」(鷺沢萠『大統領のクリスマス・ツリー』)
そう、こわばらせることなく、つよく。
2004.03.09
歩く
「桃さんは、迷わないんですか。辛くないんですか」
眼の前で、わたしより3年後輩の女の子が涙をこぼしている。仕事が、辛いのだと言う。
わたしは、もしかしたら冷たく思えるかもしれないことを言う。
「迷っても、判断しないわけにはいかないから。辛いからといって、諦めるわけにはいかないから。それがわたしの仕事だから」、と。
ぽろぽろと泣いている子をみながら、ごめんね、と思う。できることなら、辛い思いはさせたくないなあ、と。でも一方で、少しも辛い思いのない仕事なんて、という思いもあって、結局のところ、わたしは黙って話を聞き、今まで自分がしてきたことを、少し話してみたりする。
ようやく落ち着き、帰っていく彼女の後姿を見ながら、しばらく複雑な気持ちでいた。あんなことを彼女には言ったけれど、わたしだって、本当は迷うことだらけなのに、と。
コンピュータのプログラミングをしていく作業は、数限りない選択をすることだ。状況を判断し、一番いいと思われる選択肢をたどっていく。「もし…なら、…する」というコマンドの繰り返しで、システムはつくられる。
わたしたちは、数限りない条件を吟味し、最適だと思われる選択肢を選んでいく。「こういう条件が与えられたら、こちらの選択肢を選ぶ…」という判断に、揺らぎは少ない。
それに比べて人生ときたら、と思う。判断に困ることだらけだ。もともと、わたしの頭は、論理的にはできていないのだ。ともすれば、感情だけで、なにかを選び取ろうとしてしまう。
だから、いつも、頭の中に、わたしは選択肢と条件を広げる。なるべく客観的に、なるべく、冷静に。しばらく考えると、どうした方がいいかだけは、分かってくる。「どうしたいか」、は別にして、「どうした方がいいか」ということが。
眼の前に、道が見える。どちらにしろ前を向いて歩いていこう、と思う。時々は、空を眺めながら。どの道を行っても、きっとそこには晴れた日があり、雨の日があり、ぬかるみがあり、草むらがある。それでも必ず、心には青空を。そしてもし、幸運にも隣を歩く仲間がいるなら、一緒に眺める星空は、きっと何倍も美しいのだ。
2004.03.08
展示会
展示会が始まる前日の会場は、賑やかで、どこかふわふわとしている。あちこちでブースが立てられ、マイクのチェックがされ、まだ普段着のコンパニオンのお姉さんたちがステージの練習をしている。
バックヤードに車を停め、会場に入る。行き交う荷物の間を縫うようにして、自社のブースへ。何度となくデザイン画はチェックしているものの、実物を見るときはやはりいつも緊張する。遠くから、高く立てたトラスと社名が見えた。鮮やかだが、ギリギリのところで賑やかすぎない赤。ブースのほんの片隅が見えただけだが、少し安心する。
近づきながら見上げると、なかなかきれいにまとまっていた。広告代理店の担当の方が、こちらに気づいてにっこりとする。
「今回、とてもいいじゃないですか。ありがとうございます。」
正面と、横からブースをチェックしながらデザイナーさんに話し掛ける。2、3の確認事項とリクエスト。壁面に張ってある文字の追加と、てっぺんのクロスが緩んでいるところを直してもらうようにお願いする。展示台に、ケーブルを通す隙間が足りなかったので、頭を下げながら再調整してもらう。もう、きれいに出来上がっていた台に穴をあける作業だから、手間がかかる。いつもいつも御免なさい、というと、できることならいつでも、という気持ちのいい言葉が返ってくる。嬉しい。
数時間の微調整の後、ブースがきれいに出来上がった。上司が頷き、デザイナーさんが満足そうな顔をする。
つくってもらった、まだ何も置かれていないブースは、このときからわたしたちのものになる。きれいにつくられた場所に、機械が置かれ、電気がいれられ、システムが動き出す。わたしたちは、自分たちがつくったものを、並べ、飾り、気をつけて調整する。いつもは、ひっそりと動いているシステムを、ひととき、光のあたる場所に持ってくる。
明日になれば展示会が始まり、何万人もの来場者がここを歩く。こういう展示会に、かすかな違和感を感じないと言えば嘘になる。なにしろ、明るすぎるし、賑やか過ぎるのだ。それでも尚、わたしは、時々、涙ぐみさえするのだ。自分たちのつくったものがこの場所にあるという、単純な事実に。
2004.03.07
かぜひき、その2
風邪薬をのむと、少しだけ眠くなる。
自分のデスクでキイボードを叩きながら、ふと、意識が境をさまよう。指先がかすかに重くなり、身体が、ぬるま湯をたっぷり含んだコットンのようになる。
少しだけ手をとめて、瞼を閉じる。やわらかな闇がおりてくる一瞬前に、眼に焼きつくデジタルの時計表示。
会いたいなあ、今日は無理かなあ、と、他愛ないことを結構真剣に、少しのあいだ考えてみる。
2004.03.06
no title
うとうとしては眼が覚める、を何度も繰り返していたら、すっかり疲れてしまった。
もう眠りはない、眠りを殺してしまった、という『マクベス』のセリフを何度も思い出す。
観念して起き上がり、カーテンを開ける。月明かりが部屋に差し込む。
喉が痛い。こんな夜は、いろいろなことを考えすぎる。
心を弱くしてはいけない、と思う。心を強くしなければいけないのだ。こわばらせることなく、強く。
大木の強さではなく、柳のしなやかな強さを持ちたいと思う。たわんで、しなって、それでもまた、まっすぐに立てるように。
頬が熱い。
もう少しすれば、夜が明ける。
2004.03.05
仲間
机の上に置いてあったわたしのペンケースを持ち上げながら、その人は目を丸くして「いつから使っているの?」と言った。
その質問にはもう慣れっこになっていたので、「小学生のときから」と答えた。いいかげんぼろぼろな、革のペンケース。もともとはきれいなえんじ色だったのに、今では茶色とも赤ともつかない色をしていて、表面に描いてある猫の絵も、今にも消えそうだ。
5年生のときの林間学校に持っていった記憶があるから、少なくとも17年以上は使っているはずだ。リュックの中に入れて置いたら雨が染みて、色が少し落ちてしまったのを覚えている。父親がデパートの革製品売り場で買ってくれたもので、小学生にしては随分渋い持ち物だった。その頃、友人たちが使っていたのは、キャラクターがついたカンのペンケースで、机から落とすと派手な音がしたものだった。
それでも、当時からわたしは、随分そのペンケースが気に入っていたのだ。使えば使うほど手になじみ、ランドセルのどんな隙間にもすんなりと入った。
実は、何年か前、新調しようと新しいペンケースを探したことがある。それでも、どうしてもこのペンケースを引退させる気にはなれなくて、相変わらずわたしは、くたびれたペンケースを使っている。どんな仕事の場所にも、鞄の隅に、いつも一緒に持っていく。
「いいでしょ、これ」と答えながら、にっこり笑った。
返ってきたのは、「いいね、それ」と、まんざら嘘でもなさそうな笑顔だった。
2004.03.04
かぜひき
風邪気味な朝。
前々から約束していた打ち合わせが朝一番にあることを思い出して、布団から起き上がる。節々が痛い。
熱いシャワーを浴びると、さすがに眼が回る。風邪薬とビタミン剤。
すみません風邪気味で、と言いつつ打ち合わせ。喉がだんだん重くなっていくのが分かる。右耳が聞こえない。喉飴をひっきりなしに口に放り込む。
自分の身体に耳を澄ます。多分、これは必要なことなのだ。
鬱々と布団の中で、それでも、明日のことを考えている。
2004.03.03
ひなまつり
ひなまつり。
小さい頃、実家の和室には雛壇が飾られ、ふんわりといい匂いがした。
この日が近づくと、白い手袋をはめた母が、段を組み立て、緋毛氈を敷き、ひとつずつ人形を並べる。
菱餅と雛あられは色合いも可愛らしくて、桃の花はふんわりと咲いていた。
雛人形が飾られた和室は、いつもより華やかで、それなのにどこかしっとりと静かで、なんとなく特別な空間だった。思い出すといつも、障子の向こうからやわらかな光がさしこんでいたような気がする。幸せな記憶。
その頃の、ひな祭りのごちそうは、母がつくったちらし寿司と太巻きだった。やわらかな桃色の田麩に、ほんのり甘い錦糸玉子。少し懐かしくなって実家に電話をしたら、案の定、夕食はちらし寿司だった。
「食べにいらっしゃいよ」という母の声を聞きながら、なんとなく、あったかくなる。
2004.03.02
電話
「お母さん?わたし。」
「あらあら、どうしたの」
「ううん。なんでもない。」
「なんでもなくはないでしょう?元気なの?」
「うん。大丈夫。」
「引越しはいつするの?」
「来週末にできたらいいな、と思っているの。手伝ってね。」
「あらあら。お父さんに相談しておくわね。……荷物は増やしちゃ駄目よ。」
「うん」
「服だって靴だってそんなに沢山は要らないのよ。本当に履きやすい靴が一足あればそれでいいのよ。」
「うん。分かってる。……最近、全然買い物してないよ。」
「だったらいいけど」
「あのね、今度住むところも、近くに学校があるんだよ。」
「そう。それはいいわね。日当たりはいいの?」
「うん。南向きでね、日当たりはとってもいいよ。」
「広くなるのかしら?」
「うん。少しだけね。…感じのいいところでね、近くに小さな商店街があるの。賑やかで素朴な。たぶん、お母さんも好きだと思う。」
「そう。じゃあ、今度、行くわね。楽しみね。」
「お母さん」
「なあに」
「ありがとう」
「…馬鹿ねえ、この子は」
2004.03.01
雨の朝
あいにくの雨、というニュースの言葉にコツリとひっかかる月曜の朝。
雨は、「あいにく」降ったりしないのだ、といつも思う。
駅を出て、繭のような空を見上げると、ぽつりぽつりと雨が滴り落ちてくる。わたしは少し嬉しくなって、会社までの坂道を駆け足で降りてみる。