2010.05.06
お勧めのレストランを教えて、と言われれば、その時々でいろいろなレストランを答える。誰と行くか、どんな集まりか、どんな雰囲気の中で何が食べたいか、それによって。それでもここ数年、好きなレストランは、と問われれば、必ず同じレストランの名前を答えていた。気軽に人に薦めることはできない、出来れば秘密にしておきたい、でも、大切な人にはこっそり教えて共有したい、わたしにとっては最高で特別で、大好きなレストランだった。
初めてそこに行ったのが何年前だったのか、もう正確には覚えていない。ある別のレストランで、たまたま一緒になったある人に教えてもらったのだ。この味が好きなら、きっとあのレストランもお気に召すと思いますよ、と言って。そうして出かけていったそのレストランに、わたしはすぐに夢中になった。
麻布十番の、小さなビルの三階。広いお店ではない。どちらかと言えば小ぢんまりとした特別な空間で、とても温かいのだけれど開かれているのとは少し違う。誰か、親しくて憧れている人のお宅に、招かれているようなそんな空気。足を踏み入れるといつも、ああいいにおい、と思う。笑顔で招き入れられて、背筋を伸ばして席について、メニューを説明してくれるマダムの声に耳を傾けながら、ああ、ここにこられてよかったな、と心から思う、そんなレストラン。
キッチンの中にはシェフがいて、時々出てきてにっこりしてくれて、わたしはその季節の美味しいものを、次々にたいらげた。日本人にしか作れないイタリアン、と評されているのを聞いたことがある。本当にそうだと思う。イタリアらしい、力強いイタリアンも嫌いではない。でも、たとえば熱海だったり京都だったり、わたしのよく知っている場所で取れた親しい食材を、あんなふうにきちんとイタリア料理にして出してくれるお店を、わたしは他に知らない。いくらでも食べられる、と毎回毎回思うのだ。お皿が目の前に届けられるたび小さく歓声を上げ、初めて食べる新しい味でもそれはすんなり喉を通り、いつも、わたしは夢中だった。あそこに座っている間は、いつも、嫌なことなどひとつもなかった。みんなに大切にしてもらって、美味しいものを食べて、……わたしは本当に幸せだった。
そのシェフとマダムが、引退されるのだという。
お店自体は、若い人たちがしっかりと続けていくのだというけれど、そして、もちろん、それを応援したいとも思うのだけれど、それでも、寂しくて、寂しくて、しばらく口が利けなかった。いなくなっちゃ嫌だ、と道理の分からない子どものように思う。ずっと、ここにいてくれると思っていたのに、と。
好きなレストランに、ずっとそのままでいてほしい、というのは傲慢なことだと思っている。そんなことを望むより他に、そのレストランを大切にするやり方がきっとあるのだと思うから。……それでも、シェフとマダムがいなくなるなんて。
シェフは、引退ではなくて、次を探すんだ、と言った。こんな新緑の季節にそういう決断をされるのは、シェフらしいな、とも思った。
その夜遅く、ある人にメールを書いた。長くお話をしたことはないけれど、この気持ちを分かってくれる人がいるとしたら、それはこの人なのではないだろうか、と思ったのだ。(http://hotonbu.blog.shinobi.jp/Date/20100501/1/)
朝になって、届いていた返事を読んで少しだけ泣いた。わたしも頑張ろう、と、思った。わたしはあのレストランのことが本当に好きだったし、そんな場所に出会えて、しばらくの間あの人たちと時間を過ごせただけでも幸いだったのかもしれない。静かに去っていく何かがあって、残るものが必ずある。わたしも循環し代謝して生きていく。それでも、きっと忘れない、とそれだけを静かに思った。