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2024.08.19

投薬はあと10年

右胸の全摘手術、化学療法、左側の予防切除、付属器予防切除、両胸のインプラント入替、という4回の手術と治療を経て、今はアロマターゼ阻害薬の服薬と経過観察のみで落ち着いている。落ち着いている、という言葉は何を意味するんだろう。少なくとも外科手術後の傷口の痛みは落ち着き、化学療法時に悩んだような貧血の症状もない。けれど、落ちた体力は完全には戻らないのですぐ息は切れ、関節はいつも軋み、こわばっている。これが加齢によるものなのか病気なのかは切り離せないことなのだろうと思う。

乳がんのことがなくても、遅かれ早かれ踊れなくなる日は来たのだろうし、フルートは吹けなくなったのだろう、とは思う。四十肩のせいか手術のせいか薬のせいなのか、腕が頭上にあげられないし真横に伸ばせないのが致命的で、ラジオ体操第一の最初の動きすらできない。つまりバレエで言えば基本のアンオー(頭より高い位置に腕をあげる)ができないし、フルートに至っては楽器を構えることができない。バレエもフルートもそこにはなはだしい情熱があるわけではないけれど、以前できていたことが望んでもできない、努力ではどうにもならない、ということに、とてつもなく自由を奪われた気がしてしまう。

幸い、今のところ仕事に支障はほとんどなくて、リモートと出社を使い分けながら自分の役割は果たせている、ような気がするし、それは本当にありがたいことだと思う。ただ、人生の余剰の部分、無駄で痛みのない自由な時間が時折とても懐かしい。



2024.08.18

イギリスで育ったにしては、

高校時代の先輩方と、これまた高校時代の先輩がやっているレストランへ。

わたしが卒業したのは、イギリスの田舎にあった全寮制の小さな学校で、いわゆる在外教育施設だ。初等部から高等部まで200人あまりで、当時にしてはのんびりした学校だったように思う。人数が少ないせいか、学年を超えた関係性が卒業しても続いていて、もう30年経つ今でも、連絡をとりあっている。

集まった4人のうち1人は現代美術家、1人は絵画教室を主宰していて、なので会話も馥郁としている。1人の先輩はがん患者としても先輩で、お互い、科学を信じてよく生きようね、と励まし合う。芸術と科学の間には美しい橋がかかっているのだ、たぶん。新鮮なお魚とお野菜。あの、食に関しては不遇な場所で育った人がやっているレストランにしては、信じられないくらい美味しいね、と誰かが言って、ひとしきり当時の愚痴を共有し合う。つまり、芯の残ったご飯とか、ぐずぐずに煮えた野菜とか、出汁の気配のないスープとか、そんな思い出を。あの頃、何者でもなかったわたしたちは、何者でもなかったなりに色鮮やかな日々を過ごしていたんだよな、と思う。

たくさん食べて、たくさん笑っていい夜だった。30年なんて、あの時は永遠と同じ年月だと思っていたけれど、ここから30年経った時にも、こうやって笑っていられるといい。



2024.08.12

Ave Maria

ここ最近、コンテンツIP関連の仕事が続いていることもあり、暇があれば映画やアニメを観ている。コンサルティングファームの、特に業界軸で働くコンサルタントのモチベーションの一つに、「自分の好きな業界の支援がしたい」というものがあり、そういう気持ちでいる志高く優秀な同僚たちは多いのだけれど、わたしはどちらかといえば好きな気持ちを補うために、インプットをしている、という感じ。では何が好きなのかと言えば、文学作品が好きなのだけれど、最近はそれさえ少し自信がないくらい、小説を読んでいない。読んでないと何が起こるかというと、そのための筋肉が衰えるのだ。なので、本当に面白かったこのSFを読むのさえ時間がかかってしまった。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』。

SFというジャンルはあまり熱心に読んでおらず、いまだにハインラインの『夏への扉』が一番の作品なのだけれど、これはとても面白かった。地球を厄災から救うために旅に出る……というか旅立たざるを得なかった人間の話。科学が人を救うのだ、と、常々思っていたのだけれど、つまり、危機的状況にある人類を救えるものがもしあるとするならば、それは科学しかないのだな、と思った。