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2025.03.25

はるのあらし

もうずっと昔、春の嵐の夜に初めて会った人がいて、風の強い春の日になるとその人のことを思い出す。トレンチコートを着ていたから、今くらいの時期だと思う。調べればきっと日付までわかるけれど、調べはせず、そっと思い出すだけにした。なんというか、勝手にずっと好きな人、というのは何人かいて、遠く、近く、その人たちのことを思い出しては、モノクロームの世界に色をつけている。



2025.03.21

椿姫

椿姫のオペラにお誘いいただいたので、椿の柄の帯を締めて出かける。最近気に入っているシルバーグレーの付下には可愛らしい鳥の刺繍がしてあって、合わせるとちょうどいい。春に冬の花なんて、と、眉を顰める人がいるかもしれないけれど、そんなことより好きなものを着よう、と思う。

会場は築100年近くの素敵な建物で、かつて財界人の私邸だったそうだ。原美術館が東京からなくなった寂しさを慰めてくれる気がして好きな場所だ。入り口で、封がされた赤い封筒を受け取り、中に入る。

ただ単に観劇を楽しむのではなく、自分もその一部になるような趣向だった。つまり、パーティの招待客として招かれたわたしたちが、ヴィオレッタとアルフレードの物語を目撃する、というような。配られたスパークリングワインを掲げ、乾杯をしたあと間近で始まるオペラ。演者について建物を行き来し、反響する歌声を聴きながら、あっという間の2時間だった。

わたしはたぶん、興行というものが好きなのだと思う。そして、興行とは何かというと、束の間の夢を買う行為なのだ。よい夢だった。

 



2025.03.17

失うものとか、得るものとか

書きたいな、と思う瞬間はたくさんあるけれども、日常に紛れてすぐに忘れてしまう。
会いたいな、と思う人たちもたくさんいるのに、なかなか連絡をして会いにいく、ということまでせずに毎日が過ぎていく。

人生を無駄にしている時間はない、と思うのに、体力(もしかしたら気力なのかもしれないけれど)が追いついていないのかもしれない。

青木玉さんがエッセイの中で、母親である幸田文さんの亡き後、縫わないままになっていた浴衣を見て、母だったら浴衣なんて一息に縫ってしまえたはずなのになぜ中途半端においてあるんだろう……、と思い、ふと、それもできないくらい母は疲れていたのだ、老いていたのだと思いあたり胸を突かれる、というシーンがあったように記憶しているのだけれど、そういうことなのだ。当たり前にできたことができなくなる、途中で疲れてしまう、身体が動かない、ということがあるのだ。本当に。

どちらかといえば体力がある方だと思っていたし、気力だってそうだ。でも、なんというか、諦めざるを得ないことが色々と増えてきて、少しずつ生き方を変えていく必要がある。

それでも、たぶん、以前よりはずっとよい人生を生きていると思うのだけどね。